福田理事長のすこやか通信―2019年2月号

 思い起こせば2000年、介護保険が始まってから早20年が経過しました。介護保険は日本の社会にとって大きな転換期でした。それまでの日本では、親の介護は子供の役目という常識がありました。介護保険を機に、全ての老人や障がい者を、社会全体で守ろうという機運が高まり、その常識も変わってきたと思われます。

 その流れの中で、地域包括ケアシステム、地域医療構想による病床再編成という具体的な取り組みが実現化しようとしています。だが、団塊の世代が70歳代に突入しようとしているこの新しい年を迎え、私たちはどのように生きて行けばよいのでしょうか。新しい考え方を身に付ければ良いのかがまだよく解っていません。

 私は、今こそピンピンコロリの考え方が必要なんじゃないかと考えています。せっかく長生きしてもベッドに横たわり、管で繋がれているのはつらいだけです。長寿を全うし最後は綺麗にこの世におさらばしたい。いわゆるピンピンコロリです。

 気の置けない友人たちと楽しい酒を飲み、談笑する。「じゃまた明日」と言って別れる。翌朝、布団の中で静かにこの世に別れを告げていた。いいんじゃないでしょうか。
 こんなことがさらっと言えるようになる新しい生き方、これこそ、これからの私たちの新しい考え方だと思います。

 1996年9月23日、肝癌で亡くなられた藤子・F・不二雄さん。言わずと知れた「ドラえもん」の作者です。

 ご家族が夕飯の準備を告げると、いつものように仕事部屋から返事があったと言います。ですがいつまで経っても食卓にやって来なかったので、お嬢さんが呼びに行ったところ、机に向かったまま意識を失っていたそうです。死因は肝不全でした。

 発見されたときは鉛筆を握ったままだったといいます。享年62歳は早すぎました。でも、どこかで羨ましい気がします。漫画家としては最高の最後に見えるからです。

 鉛筆を持ったままという事は、最後まで仕事をしていたという事でしょう。病で寝込むこともなく、ボケることもなく、自分の夢を追いかけながら最後を迎えられるなんですばらしいと思います。

 もちろん、コロリが突然死であってはいけません。後に残されたものが困るからです。
 一番悪い死に方は、親より先に死ぬことと、突然死です。
 覚悟が出来れば、私たちは人生の終活をしておかなくてはならないと思います。

 そして、私は医者として最もしていかなければならない任務は、如何にこの突然死を減らすかだと考えています。
 できれば、病気にならないように、病気になっても寿命を全う出来る様に、お手伝いさせていただきます。