福田理事長のすこやか通信-2019年3月号-

「禅宗と久兵衛」

 ここ10年、月に一度は県外出張に出ている。その都度、本屋に駆け込み、他愛のない本を買い込んでいる。帰りの飛行機や列車で時間を費やすためだ。これがなかなかためになり、意外と、新しい考えが浮かんでくるのだ。今回は、東京ホテルオークラに泊まった。早速、ホテル内の本屋に突進した。さすがに感心したのは、本屋の半分は外国語である。日本の文化に関するものが多かった。如何にも国際的なホテルだな、オリンピックの影響もあるのかな。自問自答した。

 今回買ったのは、禅宗の本だ。昔、何かの本で禅宗の僧侶は他の宗教に比べて格段に長生きをしているという事を読んだことがある。いかなる教えがあるのか、かねてから興味深かったためである。早速、読みだしたのだが、思ったよりつまらないものであった。聖書と同じ内容であったのだ。続きは帰りの飛行機の中でと割り切って、ホテル周辺の探索に切り替えた。

 ホテルオークラの隣には聳え立つ本館が新築中であった。そういえば、先日テレビで長年連れ添った寿司屋である久兵衛が、本館では隅に追いやられるという騒動があったのを覚えている。銀座久兵衛と言えば、誰もが知っている高級すし店である。1935年創業の超有名店だ。「軍艦巻き」を開発したのも確か久兵衛であった。私のような田舎者は一生に一度は行ってみたいと思った店である。

 勇気を出してここは奮発。妻を引き連れて老舗に訪れてみた。

 想像とは違い、入り口も狭く、慎ましいものであった。店員に案内され中に入ってみたが、L字のカウンターと四人掛けのテーブルが二つだけの小さな店であった。指定された席はテーブルの真ん中であった。何を注文したらいいのか迷った。困ったときはお任せコースとしたものだが、お任せは1万8千円、昼のコースは6800円。迷わず昼のコースをふたつと頼んでいた。昼ごはんであったので、それでも奮発には違いなかった。ビールも頼んで一応の恰好はついたようだ。

 目の前には格調高い白色の四角い大きなお皿とワカメの酢の物の突き出しが並んだ。それをつまみながら、一貫一貫出される寿司を食べることになる。カウンターには板前さんが4人。多すぎる数だ。板さんは、私たちと話をしながら丁度良いタイミングで一貫ずつ寿司を出してくれた。その間合いが絶妙だ。早すぎず、遅すぎず。客の食べるペースを見極めながら、飽きないようおしゃべりを交えて、寿司を提供し続けている。

 何を食べたのかは良く解らない。江戸っ子の口調は早口で、標準語なのだ。土佐弁ならもう少し聞き取れたかもしれない。とにかく、真鯛、中トロ、ウニ、サヨリ、アワビ、のど黒、アナゴ、大トロ、こはだ、スミイカ、最後に鉄火まきが私の喉を通ったことは間違いない。一貫一貫に手際よく、それでいて、心を込めて作っているのも感じ取れた。

 良い経験になったと満足しているところに、二人連れのお客さんが入ってきた。水色のシャツに黒っぽいスーツ、黒いハットを着た白髪の映画に出てきそうなご老人と40前後のお嬢さん。

 二人は、スーッと違和感なく端のカウンターに座り、「今日のおすすめ」と頼んだ。私は目が丸くなったのだが、板さんはニコッとして、握り始めた。そしてまず一貫。ご老人はカウンターのお手拭きで手を濡らすとそのまま手掴みで頬張った。様になっていて、「これが通の喰い方か」「箸で食べて酢飯が転げ落ちた私とは大違いだ」と残念でたまらなかった。その後も、お二人と板さんの会話は興味深く、特に板さんの知識の多さに驚いたものだった。

 良いお年の取り方をしていますね。お孫さんと来られましたかと聞いてみた。すると、女性の方はこう言った。「違うんです。この方は、私が20年前に通っていた大学の教授です。先生といると楽しいので、私たちの仲間はいつも先生と一緒にここに来るんです。」予想しない内容にまたびっくりの私。ご老人は92歳。羨ましい限りです。 

 楽しいひと時を過ごせた私は「寿司は芸術、アートですね。」と口走った。その時妻は「ほんと、美味しかった。」

 でも私が言いたかったのは、「寿司がこんなに人を癒すもの、心のこもったものになるんだなぁ」という事だった。絵にしろ音楽にしろ心を癒すものがほんとのアートだと思ったからだ。ご老人には解ってもらえたかも? 

 帰りの飛行機。思い直して、禅宗の本を読みなおすことにした。お釈迦様が人間に四つの苦しみを与えた。「生老病死」「生きることも死ぬことも同じ苦しみなのだ。それを受け入れて生きてみよう。それが禅の生き方である。」

 やっぱりつまらないので、ゆっくり眠ってしまった。